映画『ダイ・ハード4.0』感想・その1
先日、『ダイ・ハード4.0』を観てきました。
とても面白かったので、まだ公開しているうちに感想を書きます。
今回で四作目となるこのシリーズ。僕は、第一作目からずっと、リアルタイムでフォローしてきています。
出会いがよかったのでしょう。第一作目の『ダイ・ハード』は、はじめて観たとき以来、僕の映画オールタイムベスト10に留まり続ける一作になりました。
シリーズものの常で、二作目はがっかり。三作目はかなり持ち直したものの、二作目からずいぶん待たされただけに、もっと面白くできたのでは、と、物足りなさのほうが印象に残ってしまう。
で、今回の四作目。じつは、ネットで予告編を見るまで、作品そのものの存在を知りませんでした。悲しいかな、知っても、それほどの感動はなく。僕
のなかで、『ダイ・ハード』シリーズは、完全に「終わった」ものになっていたのです。だって、三作目が公開されてから、もう10年以上経ってるんですよ。
「なんで今さら」。それが最初の正直な印象です。
どうせたいしたことないんだろうな。そんなふうにも思いました。
僕自身、もう、一作目に感動した頃の自分ではありません。今でも、ノれる映画の前ではたやすく子供に還ってしまう僕ですが、いくら根が単純でも、現実を忘れるほど映画に没頭することは、昔ほど簡単ではなくなっているのです。
『ダイ・ハード4.0』。
なんだこの、「ウェブ2.0」時代におもねったような「.0」は。4でいいじゃん、4で。そんなことまで思いました。
わかってます。ブルース・ウィリス演じるジョン・マクレーンが今回敵に回すのは、サイバーテロ。それできっと「4.0」。はい。そんなところにまで目くじら立ててしまうのは、たぶん……一作目への愛が自分のなかで今なお失われていないから。
もうこれ以上裏切られたくない。僕は、この作品に対して一切の期待を持つことを自分に禁じました(でも、それから可能なかぎり予備知識をシャットアウトすることにしたのは、やっぱりどこかで面白くあってほしい、と願っていたからかも)。
結果は冒頭に書いたとおり。
面白い。
シナリオも演出もキャスティングもいい。全米規模のサイバーテロ。それだけの大風呂敷と派手なアクションに、エンタテインメント映画として充分なアクチュアリティを持たせる支えとなる特殊効果も(ついでに音響も)good。
でも、何よりよかったのは、主人公であるジョン・マクレーンがカッコよかったこと。『ダイ・ハード』を愛する人間としては(少なくとも僕にとっては)、ここがいちばん大事です。
タフなだけじゃない。弱音を吐いたり文句を言ったり恐怖を感じたり。僕たち普通の人間と同じ弱さを垣間見せつつ、圧倒的に不利な状況にあってもあきらめず、絶体絶命の難局を次々と乗り越えて戦い抜き、大切なもの、愛する人を守る。
『ダイ・ハード』の映画としての魅力は数あれど(たとえばもちろんヤン・デ・ボンの撮影)、シナリオと演出と役者の肉体、この三位一体のもとに顕現したジョン・マクレーンというキャラクターのそれにとどめを刺すと僕は思っています。
あまり悪く言いたくないけど、ぶっちゃけ『ダイ・ハード2』のジョンは、一作目と比べたら別人のように冴えなかった(泣)。
高層ビル(『ダイ・ハード』)の次は空港を舞台にして、パニック映画の醍醐味をさらにプラスしよう。そんな安直な意図で作られた作品に思えてしまったのです(製作にかかわった皆さん、ごめんなさい)。
原作は、『ダイ・ハード』とは何の関係もない、空港を舞台にした小説だそうです。そのストーリーに無理やりジョン・マクレーンをはめ込んだだけの、生気も才気も感じられない映画。一作目への愛の反動ゆえか、そんなふうにさえ思えてしまいました。
ようするに、ヒーローであるジョンが、二作目にしてすでにセルフパロディ的存在に見えたのが悲しかったのです。
シリーズ二作目でもシブかったダーティ・ハリーみたいに、そこは踏ん張ってほしかった。あるいは、セルフパロディ的設定を逆手にとってアクロバットを決め
た『ターミネーター2』までは難しいにしても、せめて『マッド・マックス2』のマックスみたいに、ひと皮くらいはむけていてほしかった。
ここでのジョンは、「間違った場所にいる運の悪い男」というより、「間違った映画にいる運の悪いヒーロー」に見えました。
『ダイ・ハード3』ではもう少し盛り返してくれました。テロリスト(敵)によって危機にさらされるのは、ニューヨーク。このシリーズの約束事として、一作目よりも二作目、二作目よりも三作目と舞台はスケールアップしています。RPG感覚ですね。
この映画も、ストーリーは、別のオリジナル作品として書かれたシナリオを、“ダイ・ハード”のためにアレンジしたもの。そういう意味では「企画先行型」の 匂いもしますが、いかにしてニューヨークという大都市のスケールを活かし、なおかつそのなかでなぜジョンが孤軍奮闘、駆けずり回らなくてはいけなくなるの か。脚本の段階で作り手が工夫した跡が見受けられ、僕は好意を持つ方向で観ることができました。
ここでのジョンは、『ダイ・ハード』『ダイ・ ハード2』と命がけで守った妻・ホリーとの仲は険悪になり、アル中の一歩手前の状態で、映画の冒頭ではニューヨーク市警を停職中。中年になってくたびれた 感じも、演じるブルース・ウィリスの味もあって悪くなかったと思います。そんなジョンが敵と戦う動機もまあいちおう考えられていたのですが、やっぱり ちょっと弱い気も。
そのへんにテコいれするためか、今回は相棒としてサミュエル・L・ジャクソンが登場し、一作目で副旋律として流れ、作品を味
わい深くしたバディ・ムービー(相棒もの)としての色合いが前面に押し出されています。たしかにサミュエル・L・ジャクソンも悪くないのですが、物語とし
てのこのキャラクターの必然性が、欲を言えばやっぱりちと弱い。
旬の俳優さん(この作品の前年、サミュエル・L・ジャクソンはタランティーノの『パルプ・フィクション』でブレイク。この作品にはブルース・ウィリスも出演していた)を「主人公の白人を助ける黒人」にフィーチャーしたんだなあ、という印象のほうが強かった。
このへん、今ひとつノリきれない根っこには、ジョンが、“巻き込まれ型”ヒーローという、ストーリーの形としてのお約束に縛られて、なんだかちょっと不自由だぜ、という違和感があります。
もっとも、それが“ダイ・ハード”シリーズをシリーズたらしめているゆえんかもしれないので、仕方ないのかな。そんなふうにも思っていたのです。
(書いているうちに思いがけず長くなってしまいました。その2へつづく)
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